21 熊本大地震その時

熊本大地震その時

四月十四日、私は徳島にいた。商業界同友、髙橋信子チューターのご縁で商業界例会の卓話を担当し、その後ホテルにPM9時30分に戻りテレビを見てびっくり、熊本・益城町が震度7の大地震、信じ難いテレビの画面を確認するためにすぐに妻に電話、妻は福岡にいた。自宅は夫婦二人共留守にして誰もいない。子供たちに電話、お互いの無事と様子確認。
四月十五日、続く余震報道に不安は増すばかり、徳島からJRで岡山へ。新幹線で熊本に帰るつもりが博多駅までしか運転していない。熊本では新幹線が脱線して復旧の見通しは立っていない。電車を乗り継いでやっとの思いで熊本駅について、暗い駅構内を出るも玄関口にタクシーが見当たらない。歩いて新幹線西口に回り、裏駐車場に停めていた車を運転して水前寺に向かう。本店の外観に大きな損傷もなく、散らかった住居を片付けて床についたのが深夜。
四月十六日、AM1時25分 今度は震度7,3、家具類が倒れ、器具ガラス破片が飛び散り、怖くて建物から出て車に避難、夜明けを待つ。余震が続き被害は更に拡大。停電・断水、ライフラインはずたずた、不安は募るばかり。
その日、各店の被害状況を妻と二人で巡回、12店舗営業できず、その夜は城北幼稚園で過ごす。
四月十七日、必死の復旧に着手。