第三十話 「新規事業 ドコモショップ」

第三十話 新規事業 ドコモショップ

メガネから携帯電話専門店へ。現在のドコモショップ健軍店

平成6(1994)年、熊本東ロータリークラブの会員でした。仕事を離れての異業種交流、なかでも卓話が楽しみでした。
 クラブ例会の卓話者は会員のNTTドコモ九州社長、木下隆介さんでした。携帯電話は今後急速に伸びるので代理店を募集しているとのことでした。
 早速ドコモの営業部にいた同級生の松岡俊夫君にパンフレットを頼み、熊本県内の全店舗に配布しました。お客さまの反応がたちまちあり、契約になりました。
 松岡君は本格的にやるのであれば、自分は退社して、ヨネザワの社員になる。通信事業部長として、やってみたいと大変意欲的でした。
 本店3階の一室でスタートしました。半年もすると多忙で部屋が狭くなり、近見店の2階に移転、売り上げは急上昇しました。
 そこで健軍店のビルをドコモショップに変更、パンフレットによる訪問営業から店舗販売に切り替えました。
 当時立地の良い店舗は熊本にはありません。ドコモショップ健軍店は話題になり大繁盛。この販売業態の変更がドコモショップの一大転機となりました。各店で携帯電話がよく売れました。
 ただ、本来のメガネの仕事がおろそかになるのではと懸念して平成11年、通信事業部を独立させ、100%子会社の「ドゥ・ヨネザワ」として法人化。弟の義一を社長にして本格的に事業展開をすることにしました。
 携帯電話の新規事業に進出した後、広告代理店アドコムなど、いろいろな事業案件が持ち込まれるようになりました。
 ベンツの代理店シュテルン熊本を引き受け、その後、熊本BMWのモトーレンフロイデと続きました。いずれも勉強会仲間であり、人間関係を大切にすることを優先した結果でした。
 派手な輸入車の販売は荷が重いと考え、弟に経営を委ねました。その他ゴルフ場、ホテル経営と次々に事業は拡大し、今日に至っています。
 私はメガネ、コンタクトレンズ、補聴器の販売、専門学校、幼稚園、保育園、高齢者施設などを経営の視点でとらえ、支援していくことを役目とし、弟との役割分担を明確にしています。