第十七話 「もろい協同組合の共同責任」

第十七話 「もろい協同組合の共同責任」

佐賀県の1号店は昭和58(1983)年、鹿島市のショッピングセンター「ピオ」のテナントとして誕生しました。
 有明海に面した鹿島市はわが社が得意とする5万人商圏でした。地元の商店主さんが協同組合を作り、ショッピングセンターを建設。キーテナントがジャスコ(現在のイオン)でした。
 当時、このような形態で大型店の高い家賃をベースに事業計画が立てられ、全国で競うようにショッピングセンターが建てられました。
 熊本から鹿島市は車で3時間弱を要しましたが、地図上の直線距離では近いのです。熊本のテレビ・ラジオの視聴者は多く、「ヨネザワ」の知名度もありました。
 キーテナントのジャスコは広域から集客を図り、そのおこぼれがテナント店はもとより、周辺の商店街に及び、順調にみえました。
 しかし、平成8年に突然、ジャスコ撤退のニュースが舞い込んできました。キーテナントが去ったショッピングセンターの行く末はどこも悲惨なありさまで鹿島ピオも同じ道をたどりました。大型店に振り回されて商店街は疲弊し、ピオ店の売り上げは半減しました。
 指をくわえて待っているわけにはいきません。市場調査をやり直し、平成12年に鹿島市のバイパス沿いに単独店を作り、必死の営業活動を続けました。
 佐賀県は、得意とする5万人の小商圏の市が多く、出店戦略と農協を利用させていただく営業訪問活動がよくマッチし、売り上げはもちろん、シェア率も伸びています。
 ただ、協同組合方式によるショッピングセンターの運営は、どこもキーテナントの高い家賃だけが頼りのようです。大型店の顔色を伺いながらの心もとない運営のようでもあります。協同組合の共同責任。いかにも安定しているようで非常時になると弱いようです。
 元の鹿島ピオ店は撤退したくても地元の商店主と強い人間関係ができています。協同組合には借入金も残っており、閉店を決断しかねています。
 協同組合理事長の山口健次郎さんは商業界の佐賀同友会の会長をされていて、人脈も豊富で能力もあり、優秀なやり手です。ビルの有効利用を図り、安定的な運営をしていただけると期待しています。